
WHISPER & SPOKEN BLUES
放尿
ブルース
染みる歌が聴こえる
午前三時のウイスパートーク。夜中に起きる身体、冷え、水分、前立腺、骨盤底筋。笑って、泣いて、共感して——それが人生のブルースだ。
ORIGINAL SONG
♫『放尿ブルース』
染みる歌が聴こえる。
再生・ミュート・停止は上のピルボタンでも操作できます。音量はiPhone本体の音量ボタンで調整してください。
読んでいるあいだ、頭の中にブルースが流れている。
これは、排尿についての本でありながら、ただの健康メモではない。
深夜の廊下、ぼんやり灯るトイレ、湯呑み、眼鏡、冷えた床。そんな小さな生活の気配の中で、身体がぽつりと話しかけてくる。
語るというより、つぶやく。午前三時の、ウイスパー&スポークン。
目次
歌詞の一節を、目次カードに。タップすると、つぶやきエッセイへ進みます。
また起きちまった。
時計を見ると、午前三時を少し回っている。
昔は朝までぐっすりだったんだけどなあ、なんて思いながら、静かな廊下を歩く。誰もいない家。冷蔵庫の低い音だけが、小さく響いている。
暗い廊下の先に、トイレの灯りがぼんやり浮かぶ。若い頃には、こんな時間に起きるなんて、想像もしなかった。でも最近は、これが日常だ。
歳を重ねるって、こういうことなのかもしれない。少しずつ、身体の声が大きくなる。昔は黙って働いていた身体が、「おい、水が足りないぞ」「ちょっと冷えてるぞ」「そろそろ行っとけ」なんて、小さく話しかけてくる。
夜中のトイレは、面倒くさい。だけど、ちゃんと起きて、ちゃんと歩いて、ちゃんと戻って来られる。それだけでも、ありがたいのかもしれない。
夜中の廊下は、若い頃より少し長く感じる。
昼間なら気にならない距離なのに、午前三時になると、やけに遠い。冬場なんて特にそうだ。布団から出た瞬間、「ううっ……」と声が漏れる。
冷たい空気が、足元から入り込んでくる。昔、親父が腹巻きをしていたのを見て、「年寄りくさいなあ」なんて思っていた。今では、その気持ちがよく分かる。
夜中のトイレで怖いのは、転ぶことだ。暗い廊下。ぼんやりした意識。慌てた足。
だから最近は、廊下の端に小さな灯りを置いている。それだけで、少し安心する。若い頃は、「こんな灯り必要か?」なんて思っていた。でも今は違う。
小さな灯りが、夜の味方になる。
昔は、夜にコーヒーを何杯飲んでも平気だった。
深夜の喫茶店で、友達と朝まで話したこともある。タバコの煙。ジュークボックス。ぬるくなったアメリカン。あの頃は、身体なんて壊れないと思っていた。
でも最近は、夕方以降にコーヒーを飲むと、夜中にちゃんと返ってくる。身体は正直だ。
カフェインには利尿作用がある。そんなこと、若い頃には気にも留めなかった。酒もそうだ。夏場のビールなんて最高だ。でも、飲めば飲むほど、夜中に目が覚める。
だから最近は、夜遅くのコーヒーを少し減らしている。その代わり、白湯を飲む日が増えた。これが意外と悪くない。
湯気を見ながら、「歳取ったなあ」なんて笑っている。
冷えると近い。
これ、本当だ。冬場は特に分かりやすい。夜中、トイレに起きる回数が増える。
身体が冷えると、尿意も強くなるらしい。だから最近は、靴下を履いて寝ることもある。若い頃なら考えもしなかった。でも、ちゃんと眠れるほうが大事だ。
首、手首、足首。昔の人は、「首がつくところを冷やすな」と言っていた。あれは経験なんだろう。
身体を冷やさないだけで、夜中の回数が減ることもある。派手な健康法じゃない。でも、そういう小さなことが、意外と効く。
出かけると、まずトイレの場所を見るようになった。
道の駅。スーパー。映画館。公民館。「ここなら安心だな」そんなことを、自然に考えるようになった。
若い頃は、どこへ行っても平気だった。でも今は違う。安心出来る場所を、先に確保しておきたい。
それは、弱くなったというより、生きる知恵なんだと思う。無理をしない。我慢しすぎない。それでいい。
外へ出るためには、安心がいる。トイレの場所を知っているだけで、少し遠くまで行ける日もある。
昔は、我慢するのが当たり前だった。
仕事中も、運転中も、会議中も。「あと少し我慢しよう」そうやって、身体を後回しにしていた。
でも、歳を重ねると、身体はちゃんと抗議してくる。無理は、あとで返ってくる。
最近は、行きたくなったら、素直に行く。それだけのことなのに、昔より身体が楽だ。
我慢は美徳だと教わった。でも、身体の声を聞くことも、立派な知恵だと思う。
これ、冗談みたいだけど、本当だ。
ちゃんと出る。ちゃんと歩ける。ちゃんと戻って来られる。それだけで、十分ありがたい。
若い頃は、そんなこと考えもしなかった。当たり前だと思っていた。でも、当たり前って、いつまでも続くわけじゃない。
だから今は、夜中に起きても、少しだけ思う。
「ああ、まだ大丈夫だな」って。
「トイレが近くなるから」そう言って、水を飲まなくなる人がいる。
でも、身体は水で出来ている。飲まなきゃ、ちゃんと濃くなる。夏場なんて特に危ない。
脱水は、年寄りほど気づきにくい。だから最近は、一気飲みじゃなく、少しずつ飲むようにしている。
白湯でも、麦茶でもいい。身体を乾かさないこと。それが大事らしい。
夜中に起きたくないからといって、昼間から水を減らしすぎるのは、なんだか違う気がする。
男には男の事情がある。
若い頃には、考えもしなかった場所の話を、真面目にするようになる。病院へ行けば、「年齢的なものですね」なんて言われる。
まあ、長く使ってきた身体だ。少しくらいクセも出る。昔みたいにはいかない。
でも、だからって人生終わりじゃない。付き合い方を覚えればいい。
勢いが弱くなったり、残った感じがしたり、何度も行きたくなったり。そういう変化も、身体からのウイスパートークなのかもしれない。
女性はまた、違う苦労があるらしい。
咳やくしゃみで、ヒヤッとすることもあるとか。最近は、骨盤底筋体操なんてものもある。昔より、話しやすい時代にはなった。
恥ずかしいことじゃない。人間なんだから。
身体は、ちゃんと歳を取る。それだけのことだ。
鍛えると言っても、大げさなことじゃなくていい。毎日の中で少しだけ、自分の身体に声をかけるようなものだ。
失敗する日もある。
「あっ……」なんてことも、まあある。でも、それで人生終わりじゃない。
洗えばいい。着替えればいい。笑ってしまえばいい。
若い頃は、失敗を隠したかった。でも今は、「まあ、そんな日もあるか」と思えるようになった。
歳を取るって、悪いことばかりじゃない。自分を許すのが、少しだけ上手くなる。
静かな夜。
トイレの灯りだけが、ぼんやりついている。冷蔵庫の低い音。遠くを走るトラック。誰もいない家。
そんな中で、「ああ、生きてるなあ」と思う夜がある。
若い頃みたいな派手さはない。でも、今の夜には、今の静けさがある。
それも悪くない。
若い頃には戻れない。
でも、今の人生には、今の味がある。慌てなくなった。見栄も少し減った。空を見上げる回数が増えた。
トイレは近くなったけど、そのぶん、小さなありがたさには気づけるようになった。
ジョボジョボ人生。
悪かない。
また今夜も、起きちまうかもしれない。
廊下を歩いて、灯りをつけて、小さくため息をつくかもしれない。
でも、出る。
ちゃんと出る。
それだけで、まだ大丈夫。
……出るだけ、ありがたいねえ。
おわりに
このスマボンは、医学書ではありません。
けれど、夜中に起きる身体の声を、笑いながら聞くための、小さなブルースです。
つらい症状、急な変化、痛み、不安があるときは、自己判断せず、医師や専門家に相談してください。